おじいちゃん介護のお手紙メモリー

おじいちゃん介護のお手紙メモリー

数年間に渡る父の介護が、父の死去とともに終わり早1年、いろいろあった出来事をイラスト・レターにしたため、介護に協力してくれた3人の子供たちにちょっとずつ送ることにしました。ただ送ってももったいないので、ブログに記録し、同じような介護生活を過ごしている方々に紹介しようと思いました。いつまで続くか、どこまで書けるかわかりませんが、笑いあり、苦労あり、涙ありの介護生活をどうぞご覧ください。

プロローグ10 同居の決定!

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No. 10

<2019年3月9日 私から長男へのレター>

義父に対する初めての介護の経験から、
おじいちゃん(父)の最悪の姿が目に浮かぶようになり、
とっても心配に。。。


「時期的にも絶好のタイミングだ」と無理やり自分に言い聞かせ、
結果的に同居の決意をしたのでした。。。

 

この頃は、破談した最初の同居の申し出の時と違って、おじいちゃんには悪友と相談する余裕も気力もなく。。。ある意味良かった。

 

会うたびに、口癖のように、
「おまえを信頼している」
「おまえの言う通りにする」
「俺はいい息子を持った」

っと。。。
前回とは大違い(笑)

 

つまり、おじいちゃんが弱ってきた結果なので、嬉しいやら悲しいやら。。。

 

でも、正直、このような状態だったからこそ同居の話がトントンと進んだのかと。。。

 

伯母は、おじいちゃんの状況を知ってか知らずか、

「もう年なんだから息子の言う事に従いなさい」
「こんな良い話はないわよ」っと。。。

過去の同居反故の経験も記憶に新しいので、ありがたいアシストです。
叔母とて、心細く、心配で不安な毎日を過ごしていたのかと。

 

同居の条件はほぼ全て呑んでもらいました。前回とはえらい違い。
・我々夫婦の寝室の場所は自由に選べる
・リフォームで、子供達の部屋、キッチン、浴室などを好きなように整える
・家周りの(庭や駐車所)も自由に整備できる
・などなど

 

やっぱりこの頃のおじいちゃん、
正常な判断はできていなかったのだろうなぁ。。。。

とにかく「わかった。好きにしなさい。おまえに従う」と言ってくれましたが。。。

 

その後、この気前のいい発言もコロコロ変わって困った訳ですが、そこは後述。

 

とにかく、そんな状態でも、おじいちゃんの威厳を保つためにも、一つ一つ丁寧に説明し、賛同を確認しながら、いろいろな条件や方法を約束しながら。。。
同居の準備を進めていったのでした。

 

「同居」。。。


昔の大家族時代と違い、核家族が当然で、
御多分に漏れず別居を長年続けてきた我々にとっても
「同居」ってとても決断しにくい課題です。

 

まず近所のママ友さん達からは、良い反応はまずありません。。。
「何で今なの?」
「他に方法もあるんじゃないの?」
「介護を目的とした同居なんて可哀そう?」

。。。このぐらいの問答ならいくらでも理由を説明するのですが。。。

「奥さんの気持ち、わかってるの?」
「血のつながらない義父との同居って、どういうことかわかってるの?」
「旦那はいいけど。。。奥さんはねぇ。。」的なレベルになると、当の本人としては、本当に本当に申し訳ない気持ちになるわけですね。。。

 

そりゃ、息子や娘の連れ合いの家族は血がつながってないわけですし、逆の立場だったら、確かに私も絶対無理だよなぁ。。。

 

ということで、余計にかみさんの覚悟は凄いなと毎日関心するのでした。。。

 

世の中の独居老人達。。。。

 

いくつかはこのような息子、娘夫婦の「無理っ」という「気持ち」に起因すのでしょうね。良いとか悪いとかではなく、いろいろなきっかけやタイミングがなかなか合わず、決断に至らなかったケースが多いのだろうと、今回身をもってわかったわけです。

ほぼ外野は黙っちゃいませんし、理解してくれと言っても、経験のない人に完全な理解を求めても仕方がないし。。。でも刻々と危機は迫っており(横浜のマンションのご近所さんより、私はかなり若い時から介護生活が始まっちゃったということです。。。)

 

仕事や住む場所によって「断念」という方も多いと思いますが、上記のような理由で踏み出せない方もいっぱいいるんだろなぁ???

 

 

そうそう、子供たちにとっても大事件です。引っ越しですから。。
転校ですよ。学校の友達ともお別れ。近所の幼馴染ともお別れ。

 

長男は高3なので、あと1年ならということで新居から1時間半かけて高校に通うと。
次男は中3ですが、私立で高校で繋がってることから、やはり1時間半かけて通うと。
ヤロー2人はもう我が家の危機を察し、聞き分けがとてもよろしい。

 

小4から転校の娘はちょっと可哀そうでした。
全国レベルの有名なマーチングバンドに入っていたのですが、転校が余儀なくなり。
でも、意外と取り乱すこともなく、適応してくれましたね。

 

私自身、小6の時に世田谷区から新宿区へ転校しましたが、転校イビリも受け、かつ文化の違いにも唖然(新宿の小学生の行動が大人すぎてびっくり!)。
娘、大丈夫かなぁっとちょっと心配したのでしたが。。。

 

良いこともあります。
私の卒業した小学校に娘が転校したこと。
これって、結構うれしいですね。同じ校歌が歌えるっていうのはいいです。
このあたりも後述します。
 

 

な~んてな事をゴニョゴニョ考えていましたが、
その後の準備が予想以上にとってもたいへんだったわけです。。。

 

プロローグはここまで。
次回からはいよいよ自宅の「断捨離」編です。