おじいちゃん介護のお手紙メモリー

おじいちゃん介護のお手紙メモリー

数年間に渡る父の介護が、父の死去とともに終わり早1年、いろいろあった出来事をイラスト・レターにしたため、介護に協力してくれた3人の子供たちにちょっとずつ送ることにしました。ただ送ってももったいないので、ブログに記録し、同じような介護生活を過ごしている方々に紹介しようと思いました。いつまで続くか、どこまで書けるかわかりませんが、笑いあり、苦労あり、涙ありの介護生活をどうぞご覧ください。

義父介護34 最期は体中のボルトとさようなら

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No. 243

 

義父の葬儀の時には忘れてはならないもう一つの懸念があります。

 

過去の義父エピソードを思い出してください(No.107~111をご参照くださいませ)。

度重なる腰椎骨折後の手術で、義父の背骨はボロボロ。

大量のボルトとプレートが埋め込まれているのです。

 

これらはもちろん火葬では焼き残りますので、火葬後の台車にはびっくりするほどの金属の塊が出てくるはずです。

さて、これらはいったいどうなるか?

 

まずは、葬儀の打ち合わせで、この大量の金属の塊リスクについては職員さんにお伝えします。

普段は「お棺に金属類は納めないでください!」と厳しく言われるのですが、こればっかりは取り出せないのでいたしかたなしです。

 

で、どうなったか?

 

ご安心ください。

人工関節が普及している中、そんなに珍しい事ではないとのこと。

サイズの関係でもちろんこれらは骨壺には納められないので、下記の2択となります。

①   持ち帰って形見にしてもかまわない

②   火葬場で供養して処分します

 

はい、鎧のような金属達を「形見として持ち帰る」のは現実的ではなく(笑)

即座に②を選択。

 

ご遺体を荼毘に付し、火葬炉から出てくるとすぐに担当の方がこれら大量の金属のボルトとプレートを箸渡しの作法で器用に除去。

これらを丁重に袋に詰め、処分のための同意文書に喪主である私が素早く署名します。

 

子供達(孫達)や親戚が「うわ~、こんなにたくさん!」と覗き込んでいた大量の金属はあっという間にどこかへ運ばれ、火葬場のルールに従って供養、処分されるとのことです。

 

それにしても焼け残った「鎧のような大量の金属」。

これらが、これまで義父の背骨、いやいや身体を長年支え、子供達や私達との交流を継続させてくれたと思うと感無量。

 

やはり単なる「無機質な金属」と思えず、義父の一部、魂が宿っている物体と感じます。

 

それに、これらには義父の介護の思い出がたくさん詰まっています。

 

椎体骨折の術後、コルセットを嫌がって付けてくれず、私達を困らせたり。。。

埋め込んだボルトが緩んでいると、何度も何度も手術を繰り返したり。。。

挙句の果てには、背・腹の両面から2度にわたって手術をしたりと。。。

 

度重なる手術の付き添いの思い出もたくさん。。。

手術の付き添いで何度か病院に待機しますが、ちょうど私も仕事が多忙を極めていたこともあり、病院の駐車場で車中のテレカンをしたり。。。

そのテレカン中に手術中の先生に電話で呼び出され、会議を中座し、手術室前まで出向いて骨移植の同意書に署名したり。。。

 

別の手術では、激しい雷雨の日の6~7時間にわたる待ち時間、控室で見るスローモーションのように見えた稲妻は、なんとも美しかった。。。

 

お骨の箸渡しの際、このような思い出が込みあがり。。。

確かに義父の体の一部とも思えるので、単なる医療器具として無造作にどこかに持っていかれるのも、妙に悲しくなり、ちょっと悲しくなってしまいました。

 

その後の精進落では、ごあいさつなど喪主としての務めを終え(嗚咽で言葉にならずでしたが)、これにて義父の介護生活10年は幕を閉じたのでした。

 

私の知っている限りの義父の闘病生活。。。

 

過去の持病の治療:

冠動脈ステント留置

冠動脈バイパス

不整脈

 

この10年間の闘病:

関節リウマチ

椎体骨折

神経圧迫疼痛

神経圧迫による足趾および膀胱神経障害

外傷性硬膜下血腫

食道裂孔ヘルニア

逆流性誤嚥性肺炎

大腿骨頸部骨折

下肢血行障害性足指壊死

 

もし、自分だったらはたしてこんなに厳しい試練に耐えられるだろうか?

「終わりのない痛み」って人間として最大の苦しみですよね?

 

義父は何をモチベーションにしてこのような闘病に向き合ったのだろうか?

後半は「死にたい、死にたい」と連呼していたし。。。

 

でも、長男の婚約者には会えた!

ある意味、娘であるかみさんの幸せの絶頂の姿も見届けることができた!

それをしっかり見届けて、スッと逝ってしまったのかな?

 

そうそう、この10年間の最大の功労者は実の娘のかみさんです。

 

通院やお届け物、お使い、施設からの呼び出しに、片道電車で1.5時間をかいがいしく通い、本当に、本当にご苦労様でした。

あなたは、最高のお父さん(義父)の最高の娘です。

 

また、義父にとてもなついた子供達(孫達)3人。

お手本のようなおじいちゃんに恵まれて、ほんとうに幸せでしたね。

この後の人生の節目などに義父を含む祖父母との交流を思い出して欲しい。

 

最期になりましたが、葬儀の時の私のメッセージから下記抜粋してこの「義父介護編」を終わりにしたいと思います。

 

<私からのメッセージ(抜粋)>

我が家の子供たちは、おじいちゃんが誇りに思えるような孫達に成長しましたでしょうか?

自慢の娘、K(かみさん)は、おじいちゃんが思い描いていたような幸せな人生になっていましたでしょうか?

私とK(かみさん)は、おじいちゃん、おばあちゃんに親孝行ができていたでしょうか?

 

おしまい。

 

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義父介護33 義父へのメッセージ

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No. 242

 

さて、前回端折りましたが、実はゴルフパッドのナイスショットがあったお通夜翌日、葬儀の日には我が家5人からの義父へのメッセージを司会者に読み上げてもらいました。

 

父の葬儀の時に、当時小学生だった娘の私の父へのメッセージ朗読があまりにも評判が良かったので、義父にも是非と思い、今回は義父のお世話になった我々家族5人全員からのメッセージです。

 

「自分で読むと絶対に泣いちゃう」ということで、司会者さんに代読をお願いしました。

 

5人のメッセージは、それぞれお世話になったエピソードの切り口が異なり、また文面の表現も個性があって、結構、聞き逃せない内容になっていました。

 

年齢順にまずは娘から。

焼肉屋での話です。

そこで皆で画いたおじいちゃんの似顔絵の話。

後半は何と息を引き取った直後の話(笑)。

相変わらずの感動の内容でした。

 

次に次男。

娘が長文だったのに対し数行しか用意しておらず。。。

葬儀の後、「俺の短すぎたよ。。。早く言ってよ。。。みんな気合い入れすぎ~」と苦笑いしながら少々しょげていました。

何しろ親戚の方々も耳を傾けて聞いていましたからね。

いいの、いいの、量より質だよ。

なかなか良い内容でしたよ。

 

長男。

やっぱりギリギリに婚約者を紹介できたことを書いていました。

これは義父にとっては冥途の土産になったと思います。

「俺はちゃんと会ってきたぞ!」っと、先に亡くなった私の両親や、義母に天国で自慢しているはずです。

 

私の番。

義父が子供たちにいろいろな影響をたくさん与えてくれたことについて。

そう、最も長かった「祖父業」を終えた感謝の気持ちを書きました。

 

最期にかみさん。

何といっても今回はやはり実の娘のかみさんのエピソードが一番良かったので全文掲載します。

私たちの父、伯母、義父の三重介護の生活は、義父への介護からスタートでした。

実の父親とはいえ、義母の支援もその他の経験者のアドバイスもなく、何かなら何まで初めての事ばかり。

恐らくかみさんがこれまで一番苦労したと思います。

 

<かみさんからのメッセージ>

母が突然亡くなった18年前から、父と過ごした今までの年月は、それまでの距離を埋めるかのような日々でした。

姉妹のように仲が良かった私と母の横で、いつも見守り役だった父。

母が亡くなって深い悲しみの中、自分が娘を、孫を守らなければと、使命感を持って大阪から横浜に来てくれました。

どれほどありがたく、寂しくなかったか…。

途中から抗えない病魔に襲われ何年も痛みと闘いながらも…

パパ、94歳まで生き抜いてくれてありがとう。

こんなにも長い間、私たちが悲しまないようにそばにいてくれてありがとう。

感謝の気持ちはあふれているのに、最後に会ったときに伝えられなかった…。

でも、お互い口下手同士、お互い様だねって思っているよ。

あまり褒めてくれることもなかったけど、こうやって見送れたことだけは親孝行だねってほめてくれるかな。

お花畑で、ママに会えたかな。

これからは、二人で見守っていてね。

 

いよいよ次回は「義父介護編」の最終回です。

 

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義父介護32 ゴルフパットの軌跡

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No. 241

 

そしていよいよ葬儀が始まります。

祭壇に建てられた遺影は、実は義父が生前に写真館で撮影し、「葬儀にはこれを使ってくれ」と預かった写真です。

私の父もとっておきの写真を私に託したのですが、なんと写真の断捨離で失くしてしまい。。。

義父の際は、私のその失態を補うようにかみさんが見事に言いつけを守れたのでした。

なかなかのきりり顔で、本人も喜んでくれていることでしょう。

 

ベンチャー葬儀屋さんの司会はやはりプロ級でした。

大事な役はやっぱりベテランで固めていますね。

要領よく、私達が用意した祭壇横の展示品の説明を参列者にしてくれます。

 

そしてお経が始まり、しばらくするといよいよお焼香が始まります。

まずは喪主である私が、家族の注目の中、お手本となるお焼香の作法を見せます。

慣れない子供たちは私の真似をするはずなので、絶対に間違えられません(笑)

 

そして。。。

なんと、こんな場面でほんとうにびっくりするような奇跡が起こったのです!

 

ポクポク、チーンと木魚を叩く中、喪主である私のお焼香が終わり、次に実の娘であるかみさんがお焼香に並びます。

 

かみさんも最初に示した私の所作に従ってお焼香を済まし、お坊さんと参列者にそれぞれ一礼し、席に戻ります。

 

まさにその時!!

 

なんと、立てかけていた木製のゴルフパッドが横にズズズズ、ズリッとずれて。。。

さらに下に置いてあった木製のゴルフボールに、これがまた見事にジャストミートし。。。

ボールがコロコロと我々の席の方に転がってくるではないですか!!

 

「ポクポク、チーン」の中に、「ズズズズ、ズリッ、ポンッ、コロコロコロコロ。。。」と厳かな斎場内に鳴り響いたのです!!

 

かみさんお焼香から席に戻る最中の出来事でしたが、音に気付き、コロコロ転がる木製のゴルフボールを驚いたような表情で見つめ。。。

しばらくしてから正気に戻り、涙を流しながら「ひぇ~っ、これパパかなぁ~」と言いながら私が座る席に戻ってきます。。。

 

もちろん、司会者も、お坊さんも、子供達も、親戚に方々も、このありさま。。。いや奇跡のような出来事をしっかり見ているわけで、一同騒然。。。

 

ざわざわする中、後ろに座る子供達は無邪気に笑いだして「おじいちゃんだよ、これきっと」、「だよね~」、「なんでまた?」とヒソヒソと話しています。

 

この動揺と感動が広がる中、すかさずプロの司会者は後ろから足早にアクションを起こします。

祭壇前にやってきて、ささっと木製ボールを拾い上げ、木製ゴルフパッドと一緒にささっと元の位置に戻し。。。

大真面目な顔をして「お父様(義父)、さっそく試し打ちでしょうか? ナイスショットですね」と、気の利いた一言を(笑)

 

張りつめていた厳かな斎場内は、クスクスっと和やかな雰囲気に。。。

相変わらずかみさんは私の隣で感極まって泣き続けていましたが、もう確実に「これは義父がやったことだ」、「ということは、義父はこの辺にいるはずだ」という一同、共通認識に(笑)

 

お経の後のお坊さんの法話でも、

「こういうことが起こるのは、決して奇跡ではなく、お父様(義父)がみなさまに感謝をしていることをお伝えしていることなのです」と、

これまた真面目な、そして気の利いた一言を。

 

みなさま、これどう思いますか?

嘘のような本当のお話しです。

 

ちなみに、このエピソードを新聞の投書欄に送ったら、何と掲載!

これに勝る奇跡はなかなか世の中にはないかと。。。

 

翌日の葬儀での納棺では、先ほどの奇跡の木製ゴルフパッドとボールを含む展示品を全て一緒に入れます。

そして、お約束通りウイスキーやビールを浸した脱脂綿でお口に含ませてあげて。。。(美味しく飲んでくれたかな?)

最期に祭壇に飾った色とりどりのお花で綺麗に義父を囲んであげ。。。

みんなで静かに蓋を閉じたのでした。

 

なお、義父のお気に入りの3つの帽子ですが、その内の1つを次男が気に入り、遺品として譲り受けることになりました。

後日、クリーニング店で綺麗にしてもらい(結構なお値段でしたが。。。プライスレスな義父の贈り物)、嬉しそうな次男に手渡したのです。

 

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義父介護31 義父の若い頃のお話

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No. 240

 

さて、お通夜開始前の待合で、日ごろ法事でしか会わない義父方の親戚の方々とゆっくりお話しする機会がありました。

 

とはいっても、義父方の親戚間ですので、私は完全アウェイ。

何を話題にしたら良いのか。。。勝手がわからずどうしたらよいものかと。。。

 

まずは、既にご紹介した宗派の間違いについてお話しておかなくてはなりません。

前日から、かみさんと「これはさすがに怒られるかなぁ~」と話していましたが。。。

すまなそうな雰囲気を前面に出して、義母の葬儀からの経緯などを丁寧に説明すると。。。

あっさり「気にしないでいいわよ!宗派っていうほど熱心に法話を聞いたこともないし、きちんと葬儀の対応をしてくれるだけで感謝していますよ」とのこと。

 

ふ~~っ!

ホッと一息。。。

これで少し罪悪感から解放されます。

 

ただ、そうはいうものの、ご親戚のみなさんに「○○家の宗派はご存じ?」と告白前に訊いた時は、一も二もなく「真言宗」と大合唱。。。

やはり知らなかったのは我々夫婦のみだったようです。

 

兎にも角にも慈しみのある良い親戚の方々で良かった。

 

また、一番うれしかったのは、私たちの知らない義父の若い頃の話を聞くことができたこと。

・祖父(義父の父)は戦時中、内地で50歳の若さで事故死

・戦後、父無し子達(義父の3人の妹たち)を長兄(義父)が亡き父の代わりになって働き、生活を支えた

・若い兄(義父)は、いつも優しくて怒ったところを見たことがない

・早朝から深夜まで、とにかく働き者で、兄(義父)には今でも感謝しかない

・義母とはお見合いだったが、実は兄(義父)は一度、断っていたらしい

・でも義母の家族からの猛烈アタックで折れたらしい

 

若い義父、かっこいい!

義父は父と同い年。

終戦時は高校生のはずです。

 

確か義父は高校卒業後に芸術系の学校に進んだと聞いています(そういえば、かみさんは絵が上手で、ドライフラワーアレンジメントなど、芸術系のDNAを引き継いでだ?)。

あまりこの時期の事をはっきりと教えてくれなかったのは、こういう事情があったのかもしれません。

 

ただ、亡くなった後に義父の年金記録を調べると、当初はいろいろな会社で働いていたようですので、戦後混乱期に妹たちのために孤軍奮闘していた姿が読み取れました。

私や私の子供達世代が同じ境遇だったら同じことができるだろうか?

 

義母とのなれそめの部分、かみさん、その話が出た時に「お母さん(義母)からは、お父さん(義父)が猛烈アタックだったのでしかたなく応じたと言っていた」と証言し、このギャップには一同大笑いでした。

 

どちらが事実かはわからないけど、二人は結ばれ、かみさんが生まれ、私達二人もこうして出会え、3人の孫達に囲まれたわけで。。。

この二人の出会いは私達みんなの命にとってとっても重要な瞬間だったということになります!

 

そして、その私たち家族全員に見守られ、義母・義父の葬儀が行われた。。。

ほんと、100点満点のおじいちゃん、おばあちゃんです!

 

そうそう、術後せん妄での怒りっぽく豹変した義父のエピソード(No.109をごらんになってください)を紹介すると、こちらも一同大笑いでした。

みなさん穏やかで優しい義父を知っているだけに、「もしかしたら戦後の当時もいろいろと一人で我慢して孤軍奮闘していたのかもしれないわね」と爆笑でしたが。。。

みなさんの表情はあきらかにちょっと「しんみり」としていました。

 

若い頃の苦労が、私達家族との最後のひとときできちんと元が取れただろうか?

今も毎日手を合わせて義父に問いかけます。

 

いつも法事では自分の家族で固まって座っており、そういえばあまり義父のご兄弟席の近くに席を選ばなかったしなぁ~

こういう隠された話題ネタは、義父・義母の二人が存命の時にもっとすればよかったなぁ~と今更ながら後悔でした。。。

 

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義父介護30 葬儀会場は準備万端

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No. 239

 

さて、いよいよお通夜の日がやってきました。

 

葬儀屋さんとの事前打ち合わせで、参列者(とはいっても義父の兄弟家族で計10名ほど)のために義父のゆかりのある物を並べようということになり準備しておきました。

 

葬儀屋さんが用意してくれた木製のゴルフパットとボールはメインですね。

サントリーオールドのダルマボトルとアサヒスーパードライの缶ビールも真ん中に。

見つかった6冊の手帳、お気に入りの帽子3つ、それに義父の数珠も。

 

それから大好きな焼肉屋で私達や子供達が書いた恒例の似顔絵(No. 104をご参照ください!)はプリントアウト!

さらに私のこのブログの義父の登場シーンのあるイラストも全てプリントアウト!

SNSで公開していたとは内緒にしていたので、義父にちょっと怒られそうです(笑)。。。

黙っていてごめんなさい!

 

葬儀屋さんにより、これら全てを祭壇横の台や掲示板に綺麗に配列。

なかなかセンスのあるレイアウトです。

 

通夜がお披露目になりますが、これには子供達(孫達)も参列された親戚の方々も興味津々でした。

手帳を開いたり、似顔絵を覗き込んだり。

 

ブログの内容は義父の姉妹たちも詳しくは知らないことが多かったので、リウマチ治療のステロイド投与で生じたと思われる椎体骨折の数回の大手術、神経圧迫で生じた末梢神経障害に起因した車椅子生活、膀胱カテーテルについてはみなさんびっくりでした。

 

帽子については「いつもおしゃれな義父」の話題で、義父の姉妹たちは大盛り上がり。

持ってきて良かった!

 

葬儀屋さんが用意してくれたゴルフパッドとボールは木製なので一緒に納棺できることを知ると、皆さんびっくり!

葬儀屋さんは横でニヤニヤしています。

 

お酒は、最期のお別れの時に脱脂綿に含めて、お口に付けてあげるそうです。

いつもビールを所望していた義父への最期の親孝行ですね。

こちらも葬儀屋さん、なかなか粋な計らいです。

父の葬儀の時にもブランデーをお口に付けてあげればよかったな。。。

日夜進化する葬儀業界、素晴らしいです。

 

ちなみに6冊手帳は、この時点ではまだきちんと読み切れておらず、お棺には入れませんでした。

なので、今、家にあるのですが、これらの処分にどうしよう。。。と悩み中。

こういう遺品はやはりポイと捨てるわけにもならず。。。

やっぱりがんばって読み切って極力お棺に入れておくべきでした。。。

でも、お棺に入れていたらひとつ前のエピソードは詳しく書けなかったことでしょう。。。

 

さぁ、準備万端。

義父の最期のステージは整いました。

いよいよ義父とのお別れの儀式、通夜と告別式が始まります。

 

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義父介護29 発見!!おじいちゃん手帳6冊

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No. 238

パート2です。

 

折角なので、手帳にあった義父のメモと私の所感を共有します。


2015年

・娘のマーチングバンド演奏会へ:まだ歩けたっけ?

口永良部島噴火、韓国MERS大流行、鬼怒川堤防決壊:いろいろあった年だ


2016年

・次男、中高一貫校合格!:おっ、がんばったな!

・「長男受験、今年だめ。来年やり直し」:浪人決定だ(笑)! 

小池百合子 女性都知事初当選:いまや女性首相が誕生です!

・トランプ現象:1期目前の話? もう2期目突入で世界は大変なことに

北朝鮮核弾頭実験でこれからどうなる?:今じゃロシアとべったり。。。

SMAP解散:今じゃ解散どころじゃなく。。。

・大谷くん再来年メジャー:この年に決断したんだ!


2017年

・長男センター試験失敗:二浪は嫌だと真っ青になって落ち込んでいたな。。。

・世界で反トランプ運動:今や反対もできない世の中に。。。

・長男大学合格!: 結果良ければ全て良し!

・ベッドから転落しあがるのに30分:この頃から体調が下り坂?

北朝鮮ICBM成功、北朝鮮ミサイル4発で日本どうする!:時すでに遅し。。。

森友学園安倍総理の支持率急落:安倍総理、このあたりから不運が続いた?


2018年

・株価26年ぶりの高値25600円:今じゃ50000円台!

・私の父が死去:この時は驚いていたなぁ。。。

・娘からTEL、中学合格!:祝ってくれた祖父母はこの時点で義父だけ

・平昌オリンピック、男子フィギアで羽生くん1位:この辺りがピークでもう引退ですね

・大谷くんエンゼルス先発 & 大谷3ラン二刀流で本物か!& 大谷初勝利:大谷選手は今や世界一のプレーヤーです!

・日大アメフト事件はばかみたい:暴力、薬物とまだまだ続きます

・大阪なおみ、全米テニス優勝!:スポーツの良いニュースが続いた年だね

・ひげを伸ばしてみる?→ひげ伸ばしてみよう!→ひげが白いがどうしよう:おちゃめな義父(笑)

・ゴーン解任:この後、大脱走があったけどメモにはなかった

・最近記載が少ないのは退化の証拠か?:2018年暮れから「特記時なし」だらけ


2019年

・株価が2万円切る:でも円高で旅行は行けたね!

・池江選手白血病:日本中が衝撃だった。まさかここから2021年の東京オリンピックに複数種目で出場できるとは!

・次男大学合格:いろいろあったけど何とか合格!

オリンピックおじさん92歳で逝く:義父より年下だ

イチロー引退:この年かぁ~。こちらも衝撃ニュース

・新元号は「令和」:平成天皇生前退位もこの年かぁ~。昭和・平成・令和を生きたんだね!

ノートルダム寺院火災:2018年にかみさんと旅行に行っていたのでびっくり!2025年再訪ではほぼ修復されていた!

・日韓関係悪化でGSOMIA破棄:これからも仲良くして欲しいな韓国。。。

※2019年は「特記時なし」が約半分に及んでいました。そして年末。。。

・12月早々、コロブ顔面打つ→腫れがひどくなる→ひどい顔で外に出られない→顔に黒いあざ→顔の黒さ広がる:エピソードにあった件ですが、あの状況で手帳にちゃんとメモしていたのには驚き!


2020年

・急激に身体能力低下:自己分析が凄い!

※1/12からは字が判読不明なほどぐちゃぐちゃな記載になり、1/14で記載が途絶える


ここから入院 → サ高住は無理となって有料老人ホームへ引越し、最期に特養と続きまずが、残念ながら手帳の更新はありませんでした。


義父の手帳には、週一または隔週の我々夫婦の訪問や、子供達(孫達)との焼肉外食、そしてかみさん単独の通院同伴や差し入れについて、活き活きとした記載があり、私達との交流をこうやって記録に残してくれたなんて、なんとも嬉しいものです。

私達が帰宅後に、喜びをかみしめてこれを一人机に向かって書いていたと思うとほんとうに泣けてきます。


義父の記したその時々の時事もこうやって読み込むと、「こんな時期にバリバリ介護をしてたんだなぁ~」と感慨深いです。

あまりに多忙で、時事ニュースにいちいち一喜一憂する余裕もなかったしね。


ここでは紹介しませんが、「身体の不調との闘い」についてはほぼ毎日克明に記載されていました。

やはり痛々しい晩年だったのだと思います。


訪問する時は、ご機嫌な様子だったのですが、晩年「早く死にたい」と漏らしていたのも、手帳に書かれている弱音を読むとなんだか納得。。。


ようやく当時の義父の本当の状況、その時々の気持ち、がんばりが分かった気がします。

益々、泣けちゃいますよね。。。

 

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義父介護29 発見!!おじいちゃんの手帳6冊

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No. 238

今回は長いエピソードなので2回に分けます。パート1です。


義父の亡骸を火葬場へ移動後は、特養との契約を解除し、永らくお世話になったお部屋にある義父の私物を運び出します。


ベッドの正面の壁には娘の七五三(7歳時)の写真。

しかも撮影した写真館で頂いたサービス品の大パネル、長辺が1mぐらいの特大版!

これまでサ高住、有料老人ホーム、特養と、義父の殺風景なお部屋のお供として一緒に引っ越しをしてきたものです。


普段、訪問時にこの巨大なパネルを見ると、「娘、小さい頃はかわいかったなぁ~」と感慨深く。。。

義父が亡くなって、改めてベッドからの義父目線で見ると、娘の雅な姿はベッドからとてもよく見える位置にあり。。。

義父の退屈な毎日に少しは彩と安らぎを与えていたのではと思いました。

偉いぞ娘!


戸棚にしまっておいたお気に入りの靴や帽子もなぜか寂しげです。

神経障害の歩行困難がいよいよひどくなってからは(ズボンがずれ落ちたあたり)は、焼肉へ行くこともままならず、ほぼ外出は不可能とわかっていたのですが、どうしてもピアピカに磨かれたリーガルの革靴とおしゃれな帽子を捨てることができず。。。

いつか歩いてお散歩できる日が来ると信じて。。。

特養までの2回の引っ越しと共に(大阪からの引っ越しを入れると4回!)、義父のそばに置いておいたものです。


でも、さすがに私が引き継ぐこともできず、こちらも処分が必要でしたが、捨てるのは忍びないのでお棺に入れることにしました。


机の中からは手帳を6冊発見!

10㎝×5㎝ぐらいの小さい黒手帳に1日の出来事がびっしり書かれていました。


主な内容はその日の体調や、リウマチによるこわばり、足腰の痛み、床ずれ、歩行訓練など。

ほとんどが「節々が痛い」、「体調が優れない」、「入歯の調子が悪い」、「歩けない」という痛々しい内容ばかりでしたが、1月1日には必ず「まずは歩行訓練」、「体力をつける」、「体重を増やす」など、前向きな1年の抱負・目標が綴られていました。

さすが! 几帳面な義父!


一方、その時々の時事ニュース、子供達(孫達)との食事会、我々からの差し入れ、嬉しい家族ニュースもきちんと記載されていて、義父には申し訳ないですが、勝手に子供達と楽しく読ませてもらいました。


スタートは2015年の手帳に記載の「2014年12月31日」。

晦日のその日は、我々家族が総出でサ高住に義父が好物のアンコウ鍋を持っていったらしく、「気持ちが有難い」という記載がありました。

こんなコメントをしてくれていたなんて。。。うれしいな。。。

 

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